樹安の日々インスピレーション

日々の生活の中での気づきを、徒然なるままに

心の中の鬼

人間はなんて弱い生き物だろう

ちょっとしたボタンのかけ違いで

とたんにギスギスしてしまう

 

そういう時の人間は

自分では気づいていないだろうが

まるで鬼の形相をしている

 

そういう私自身も

かつては鬼になっていたらしい…と

ある人が私に教えてくれた

 

さっき久しぶりに

鬼の形相をした人間に会った

 

その人が私に向けた

恐ろしい空気に

私は圧倒されてしまった

 

でもそれは

単なるボタンのかけ違い

 

人間はなんて弱い生き物だろう

ちょっとしたボタンの掛け違いで

誰でも鬼になる可能性がある

 

でもそうして

鬼になった人間の心の中は

実は弱い人間のまま

 

鬼の皮を被っていても

心の中までは鬼になり切れないのだ

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ココロとカラダのつながり・その5

このシリーズ、久しぶりの投稿です。今までも、心のこと、体のこと、折に触れて書いてはきましたが…。

実は今、久しぶりに体調を崩して仕事を休んでいます。2日前の夜から吐き気を催し、実際に吐き、昨日は発熱もしました。

それでも昨日は、どうしても外せない仕事があったので、無理を押して出勤しました。自分のやらなければいけない仕事を午前中に終わらせて、午後は早退させてもらいました。

そして今日。昨日よりは楽になりましたが、まだ食事をまともに採れていません。今日も仕事は休ませてもらっています。

 

こういう時、私の中でいちばんに出てくるのは「仕事に穴を開けて申し訳ない」という気持ちです。その次に出てくるのは「家のことができなくて申し訳ない」…なんです。

ここ最近の自分自身の変化もあって…今は周りの事なんか気にしないで、体(と心)を休ませるのが最優先!ということ、迷惑をかけて申し訳ないって思う必要なんてないこと、など…頭ではわかってきています。

それでも、私の中に潜む「申し訳ない」という気持ち…長年の親からの刷り込みだったり、自分自身の経験だったり…長年抱えてきた意識から抜け出すのは、やはり大変なことだなぁと、改めて実感しています。

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実は2日前に、特に理由もなくコッソリと仕事を休みました。自分の充電のため…と思って。

でも、それがきっかけになってしまったのか?今回大きく体調を崩すことになってしまいました。

最初は、コッソリと仕事を休んだことで心に隙間ができて、そこに病魔が入り込んでしまったのかな?と思い、コッソリ仕事を休んだことを後悔しました。

でも今は、私自身が心身ともに疲れ切っていたから、じっくりと時間をとって休んだほうがいいよ!と体が教えてくれているのではないか?と思っています。

なので、今日は細かいことを気にしないで、しっかりと休みます!(ブログ書いてる場合じゃないですよね…まぁ、こうして書くことで、自分自身への「休みます」宣言をしている、と思ってくださいね)

Stay Gold

かつて自分の中に存在した

まぶしいその輝きは

金色の光を放ち

キラキラと輝いていた

 

でも…それは遥か昔のこと

今の自分に残っているのは

ただ与えられたルーティーンを

繰り返すだけの毎日

 

生きている意味とは?

私の存在意義とは?

そんな質問さえも

くだらなく思えてしまう

 

そんな時

見知らめ声が囁きかけてきた

"Stay Gold "

金色の輝きのままで…と

 

私はふと思い出した

どこかに置き忘れてしまっていた

自分の中にあるはずの

金色の輝き

 

見知らぬ声が囁きかける

これだけは覚えていてほしい

あなたの中には

金色の輝きがあるってことを

 

今はその輝きを見失っていても

この先また輝くかどうかもわからないけれど

私の中には間違いなく

金色の輝きがあるってことを

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「いい親」という呪縛

我が家の子供たちは、発達障がい児ということもあって、普通の子よりも手がかかります。配慮をしなければいけないことも多いです。私は今まで、子供たちが通っている幼稚園や小学校の先生方に、なるべく迷惑をかけないように…と思ってきました。(もちろん今も基本的にはそう思っています)

でも…私自身親として完璧ではありません。どちらかというと、足りないところが多い親かもしれません。

 

自分で思う、私が親としていちばんダメなところ…手を出しすぎてしまうところです。ママできない!と言われても、本当ならば心を鬼にして、手を出したいのをグッと我慢して、子供にある程度はやらせるべき…頭ではわかっているのですが、ついつい手を出してしまうのです。

だから…特に下の息子は、学校でも先生に甘えん坊なのだそうです。朝の支度、帰りの支度、取り掛かるまでにも時間がかかるし、モタモタしているのだそう。来年はもう3年生、そこまで面倒は見れないので、なるべく自分でやりましょうね…と先生に言われています。

 

今までの私は、先生にダメ出しをされると、その度に落ち込んでいました。私はみんなができていることができていない、やっぱりダメな親なのだ…と。

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でも、いい親でいる必要とか、完璧な親である必要は、ないんですよね。

先生にダメ出しされても、いきなり全部を変えるのは大変なので、自分のできることから取り組めばいいんです。

こう思えるようになったこと、私の中ではものすごい成長なんです!自分で自分を褒めたいと思います。

 

「いい親」という呪縛…なかなか解放されるまでには時間がかかるものですし、ずっと囚われ続ける人もいるかもしれません。

でも、私という存在、我が子という存在、我が家の子育て…いいとか悪いとかは関係なく、どれもがオンリーワンなのです。

自分なりの子育てができていて、自分たちなりの親子関係が築けているのであれば、必ずしも「いい親」である必要はないのかもしれませんね。

ぜいたくなもの

先日、小学校の低学年クラスでサツマイモの収穫&サツマイモパーティーがあったそうです。この秋は天候不順に悩まされましたが、それでもお芋は立派に育ってくれたようで、沢山のお芋が収穫できたそうです。

息子に「サツマイモパーティーで何を作ったの?」と聞いたら「サツマイモボール!」との答えが…サツマイモボールって、なに?…よくよく話を聞いてみると、サツマイモとリンゴを丸めて作ったデザート?的なもののようです。(後でもっとよく聞いたら、リンゴではなくリンゴジャムを使ったそうです。)

小学校低学年の調理にしては手が込んでいるし、美味しそうだなーと思って、息子に「すごいの作ったんだねー」と言ったら、息子も「ねー、ぜいたくだよねー」と返してきました。

そう…学校で、みんなで作ったサツマイモボール、息子にとっては「ぜいたくなもの」だったようですね。何て素敵な感性の持ち主!我が息子ながら感心しました。

 

さて、「ぜいたく」とは…いったい何でしょうか?

自分の好きなものに好きなだけお金をかけられること。美味しいごちそうを食べて、好きなものを買って、ボディメンテナンスにもお金をかけて…ひと昔前の私は、そういうものが「ぜいたく」だと思っていました。

でも、今の私にとってのぜいたくは、そういうものとは違ってきています。今の私にとっての、いちばんの「ぜいたく」…自由な時間を好きに使えること、です。

仕事を再開してしまってからは、本当に自分の時間が無くなってしまいました。仕事をしていなかった頃は、家でひとりボーッと過ごしている時間がもったいない!と思っていましたが…今になってみると、そのボーッとする時間が、何てぜいたくな時間だったのだろうか、と思います。

 

ボーッとする時間、無駄な時間のように思えますが…ここでしっかりと充電できていたからこそ、家族が帰ってきてからもフルパワーで対応できていたんですね。

今は…家に帰ると家族とともに電池切れ…でも、最低限やらなきゃいけない家事はあります。まずはご飯、洗濯。余裕があれば掃除、片付け。でもやり切れていません。我が家は過去イチで汚いし、料理も手抜きしまくっています…子供のことも、宿題とか、今まで通りには見てあげられていません。

それでも、今の生活を選んだことに後悔はしていません。仕事を始めてみてやっとわかった、ただボーッとする時間の大切さ。今まで通りに家にいたら、その大切さには気づかなかったかもしれません。

 

今日、実はお仕事のお休みをいただきました。本来ならば何か理由があって、初めてお休みを取れるのですが…今日は一日コッソリと充電のために休んでいます。

まずはボーッと過ごして、余裕があったら片付けとかをやろうかな?と思っています。

 

ご飯も…気が向いたら、たまにはしっかりと作ろうかな?

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追記:結局、ボーッとして、ブログの記事をいくつか書いて…子供の迎えの時間になっちゃいました。家は片付かなかったけれど、充電はできました!

 

さらに追記:ボーッとし過ぎたのか?気を抜き過ぎたのか?実は次の日に体調を崩してしまいました…(>_<)

私自身、まだ心と体のバランスがうまく取れていないんですかね…難しいです。

大人の皮を被ったコドモと、子供の皮を被ったオトナ

少し前の記事でも触れましたが、発達障がいを抱える人の魂は、子供の頃の魂のまま成長する…とのこと。つまり、私のように発達障がいを抱えている大人は、今も子供の魂を持っているらしい…のです。

この理論…個人的にものすごく納得したんです。アラフォー?アラフィフ?に差しかかっている私…見た目は立派なオバハンになったし、子供も大きくなってきて、仕事も再開し…でも、中身は思いっきりコドモ!なのです。

 

我が家は恐らく、全員が発達障がいに該当します。家にいる分には、はっきり言ってコドモ同士がふざけ合っているだけ…やりたい放題です。

少し前までは、私が唯一の大人として、コドモたち(パパも含みます)に「ちゃんとしなさい!」「片付けなさい!」「もう寝る時間だよ!」などと怒っていました。でも…私自身もコドモだと気づいてしまった今…怒ることに疲れてしまいました。なので、今我が家はグチャグチャです。ゴミ屋敷とまではいきませんが、散らかり放題…です。時間にもルーズです。寝る時間も遅く、学校も遅刻ギリギリ、先生に注意されてばかり…です。

まぁほんのちょっとだけ、母親としての理性は残っています。このままではまずいなぁ…と思いつつ、まぁいっか!の方が今は優っちゃっています。

 

一方で、見た目は子供(つまり小学生とか)の中に、実は中身がものすごくオトナの子たちもいます。特にそう感じるのは、家庭環境が複雑な家の子たち…家の中が不安定だと、常にもらえるはずの母の愛とか、家族の愛とかが足りなかったり…するのかもしれません。

何とかして自分の方を向いてもらおう!と、いろいろと試行錯誤を繰り返す子供たち…そういう苦労を重ねていく中で、生きていくスキルや逞しさを身につけ、見た目以上に中身が育ち、魂もオトナなのかも?しれません。

 

大人の皮を被ったコドモと、子供の皮を被ったオトナ…見た目と中身のギャップがありすぎます。

見た目は大人でも、中身がコドモの私は、小学生たちと顔を合わせても、オトナな子たちとは会話が噛み合いません。今まではそのことで悩んだりもしましたが、その理由がわかった今は、仕方ないと割り切れるようになりました。どちらかというと、同じ発達障がい寄りのコドモたちとの方が、話していても楽しいです。

見た目では分かりづらい、発達障がい等の支援を必要とする人たちがつける「ヘルプマーク」。見た目では全く見分けがつかない、魂年齢を表すマークもあればわかりやすいんですけどね…私実は魂がコドモです!的なもの、何か考えてみようかな?

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それぞれのコミュニティ

下の息子の同級生ママたちで登録しているLINEグループに、先日こんな投稿がありました。

「今度の土曜日の公民館で行われる子ども料理教室、急用のためうちの息子を一緒に連れて行ける人はいませんか?」

…投稿したのは、うちのすぐ近くに住んでいるママ。うちの息子はあまりみんなとは遊ばないので、普段はあまり交流がないのだけど…すぐ近くに住んでいるし、一緒に連れて行くくらいはできるかな?と思って、こんな投稿を返しました。

「うちはお姉ちゃんのみ参加します。息子は行かないけれど、お姉ちゃんと一緒に連れて行くことはできるよ!」

すると、そのママが投稿した内容…

「やっぱりお料理教室をキャンセルして、自分の用事に息子も連れて行きます。ありがとうね。」

…そっか、それなら仕方ない…と思っていました。

 

でも、実は別のママが個人的に連絡を取って、その子を連れて行く約束をしたとのこと。その別のママが、私に教えてくれました。

私は思いました。普段交流のないうちでは、やっぱり頼みづらかったのかな?と。

でも、それならグループLINEで大々的に声をかけずに、最初から個人的に連絡を取ってほしかった。結果的に、うちがダメ出しされたみたいになってしまったので…

 

このエピソード、私は改めて、我が家は小学校のコミュニティにはハマっていないのだな…と思い知らされた感じです。同級生であっても、仲間ではない。地味にきついです。

最近こういうこと…うちの親子は仲間じゃないと思い知らされる出来事が続いています。

こうなると、もともと自己肯定感の低い私の悪いクセ…やっぱり私たちは仲間じゃないと。ダメなのだと。このままダメダメスパイラルに陥ってしまいそう…

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いや、ちがーう!

これはあくまでコミュニティの違いに過ぎないのです。

うちの子供たちは発達障がいを抱えていて、ちょっと他のみんなとは違う感覚の持ち主だったりするので、小学校のコミュニティよりは、発達障がいの子供たちのコミュニティ…放課後デイサービスに集まる子供たちの方が仲が良かったりするのです。

本来ならばうちの子たちは、特別支援学校に通っている子たちの方が、友達としては仲良くなれるのかもしれません。でも、小学校と特別支援学校とでは、学ぶカリキュラムがあまりにも違いすぎる…グレーゾーンという、障がい児と普通の子の境界線にいるうちの子たち…学ぶ内容としては、今のところは小学校の内容で勉強を進めた方が、子供たちの将来の可能性が広がるような?気がしています。

 

なので、しばらくはこのまま小学校へ通うことになるのだろうけど…やっぱり、親としても仲間がいないのはきついし、寂しいなぁ。でも仕方がないです。これが私たちの生きる道。

あまり無理はしないで、小学校コミュニティにはできる範囲内で関わっていきます。

そして、発達障がいコミュニティ方面に少しずつ輪を広げていければ…とも思います。

 

追記:今日職場の同僚と話していて、その同僚のまわりに広がっている、地元ヤンキーコミュニティのディープな話を聞きました。昔の同級生の子供同士がまた同級生だったり、その子たち同士で付き合ってたり…話していて、懐かしい同級生の名前がたくさん出てきました。

私自身はあまり縁のない世界ですが、いろんなコミュニティがあるものだなぁ…やはり同じ匂いのする人たち同士で集まるもんなんだなぁ…と思いました。