樹安の日々インスピレーション

日々の生活の中での気づきを、徒然なるままに

自粛生活を経て、生まれた想い

新型コロナウイルスという未知のものに遭遇して、自粛生活という今までにない経験をして…ある程度感染が落ち着き、少しずつ日常を取り戻しつつある今。皆さんの胸にあるのは、どんな想いですか?

 

私がいちばん感じたのは、今まで私たちは無理をしすぎていた、ということ。

疲れていても、仕事がある。学校がある。

悲鳴を上げそうな体にムチ打って、やっとの思いで仕事へ、学校へと行く…

 

何のため?

会社のため?先生のため?

先生に褒めてほしいから?

上司に認めてほしいから?

同僚に迷惑をかけたくないから?

 

今までは、会社や学校は、行かなければならない場所でした。それが当たり前でした。

でも、こうも簡単に学校がお休みになるなんて。会社もシフトを組んだりして、通勤にもゆとりができて。

 

そう…これからは、こんな働き方でもいいんです。学校も、自分がキツければ休んだっていいんです。

 

まじめに仕事して、勉強して…今まではそれでもよかった。でも、それだけをしていても、結局は組織の歯車になるだけ。

これからは、自分の頭で考えて、自分の体を動かして、自分の力で生きていく。そんな生き方が必要になってきます。

 

そのために大切なのは「自分の内なる声」に耳を傾けること。

今自分は何を感じているのか。何をしたいのか。したくないのか。

 

子供たちに関しては、学校だけが全てではない、と伝え始めています。

だって、この自粛期間に学校がやっていたことって、課題のドリルを家庭に丸投げすることですよ。まぁ私たちの地区の学校は、という話ですが。

学校のブログ更新だって、全てお勉強のことばかり…本音を言えば、この自粛期間に先生たちが感じている生の声を、ブログを通じて聞かせてもらいたかったです。この非常事態の中で、その方がよほど子供たちのためになります。

 

大切なのは勉強だけではないし、こんな時期にドリルを進めることではないはず。

私は今回の小学校の対応を見て…まじめに学校へ通うだけでは、これからの時代を生き抜く子供は育たないと、本気で思っています。

大切なのは、子供たちが様々な経験を積むこと。学校はあくまで、経験の場のひとつに過ぎないのです。

 

これから時代は大きく変わります。肌で感じます。

未知のことに対して恐れるのではなく、自分の直感を信じて、力強く前へと進んでいくことが、今必要なことだと思います。

これは子供たちも同じこと。親として必要なのは、彼らが今感じていることに耳を傾けて、彼らの胸にある想いを共有すること。

それだけで子供たちは安心して、どんどん前へと進んでいくと思います。

その先に、もしかしたらとんでもないアイデアが潜んでいるかも…しれませんよ!

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ただただ、無念

先ほど入ってきたニュース。

横田滋さんが亡くなられた。

 

横田滋さん…娘さんの横田めぐみさんが、ある日突然姿を消し、恐らく北朝鮮に拉致されてしまった。

娘さんを北朝鮮から取り戻すべく、長年奥様と活動を続けてきて…志半ばで亡くなられた。

老衰だそうですね。力尽きたのでしょうね。

 

それにしても…ただ、ただ、無念。

胸の中に疼く、この何とも言えない気持ち。これ以上言葉にすることはできません。

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横田滋さん。ご冥福をお祈りいたします。

とことん自分と向き合う 〜プラス思考に、なる!〜

仕事をしていて、たまにこんなことがあります。

本来は私がやるべき仕事を、「私がやるから大丈夫ですよ!」と代わりの人にやってもらう場面…

この時、あなたはどう思いますか?

 

①本当は私がやる仕事なのに…仕事を取られてしまった!

②代わりにやってもらって、ラッキー!

 

…今までの私は、①のような考え方をしていました。あーあ、自分の仕事を取られてしまった…もっと言うと、私ではダメなのか?私は役立たずなのか?とまで思っていました。何てマイナス思考な…汗。

でも、相手の人はそこまで考えていないですよね。ただ自分の手が空いたから、私が忙しそうにしていたから、そんな理由で申し出たのだろうと思います。

 

自分に自信がないと、こういうマイナス思考のクセがついてしまうんですよね。

今こうして冷静にブログに書いている分には、本当に何てことないんですけど…いざ仕事中にこういう場面になると、マイナス思考が顔を出してきちゃうんです。困ったもんですね。

 

マイナス思考について、もうひとつ。

やはり仕事でのお話ですが、私は今保育園の事務職をしています。

前任の方は、事務の仕事に加えて、子供たちのお世話とか、給食調理のお手伝いもする、オールマイティな方でした。

当然、後任の私にも同じような役割を求められたのですが…結局同じようにはできませんでした。

 

理由のひとつは、拘束時間の違い。前任の方は丸1日保育園にいて、たっぷりと時間がありましたが、私は発達障がい児のケアもあるので、短時間勤務にさせてもらっています。単純に、オールマイティに動く時間の余裕がないのです。

理由のもうひとつは、スキルの違い。私は多くの役割を器用にこなすよりは、ひとつのことにじっくり取り組む方が得意なタイプなので、前任の方のように上手く立ち回ることができなかったのです。

 

上手く立ち回れなかった自分。いろいろやってみたけれど上手くいかなくて、結局事務職の専属になった自分。ある意味でダメ出しをされたようなもの…その当時はかなり凹みました。

でも、まずは自分の役割を全うすること。事務職では間違いのないようにすること。そこに集中しているうちに、ある程度私のポジションが出来てきました。

 

今もたまに、保育園の子供たちのことが全然わからなかったり、電話の取り次ぎが上手くいかなくて迷惑かけている自分が、ものすごく嫌になります。

でも、失敗は誰にでもあります。失敗は次に生かせばいいのです。その上で、自分ができることを精一杯やる、そこに集中すればいいのです。

保育士さんが中心に動く保育園、事務職の私はマイノリティです。でも、そこに優劣はないはず…私は私で、自分らしく仕事をすればいい…やっと、そんな風に思えるようになりました。

今は仕事が、ちょっとだけ…楽しいです(^_^)

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発達障がい児の親として

発達障がい児の親として、また当事者として感じていることを書いていこうと思います。

 

自分の子供が発達障がいであると、しかも自閉症であるとわかった時は、目の前が真っ暗になりました。

そんな時に私を救ってくれたのは、とある言語聴覚士さんのメッセージ…その方は言語聴覚士として、発達障がい児のリハビリを担当されている方です。メッセージに書かれていたのは、発達障がい児に対する尊敬、リスペクトの気持ちでした。

「突拍子もないように思える発達障がい児の行動も、そこには必ず理由があり、その子なりの想いがある。

どうしてこの子はこんな行動をするのだろう?

どうしてこの子はこんなことを言うのだろう?

この「どうして?」をずっと追求し続けていきたい。

彼らとともに、自分たちも成長し続けていきたい」

…私はこの方のメッセージを見て、発達障がい児に対する考え方が180度変わりました。発達障がい児はダメな存在ではない。むしろ面白い存在なのだと。

私たち親子の未来に、希望の光が差し込んだ瞬間でした。

 

あれから数年経ち、子供たちは自分たちのペースですくすくと育っています。「できること」と「できないこと」の差が激しく、こだわりもたくさんあるので、なかなか大変な時もありますが…たまらなく純粋なこの子たちと共に歩む人生、なかなか面白いと思っています。

でも、相変わらず発達障がいに対する周囲の偏見は根強かったり、私たちのことを「かわいそうな」存在だと捉える人たちも多かったりします。

一見、私たちに親切にしてくれている人たちも、私たちのことを「できない」「弱い」存在だと思っていたりします。私たちを対等な存在としては見ていないのです。

 

この、発達障がい児に対する偏見をいちばん感じる場所が、実は学校だったりします。

うちの子供たちが通っている小学校に、何人か発達障がい児がいます。でも、その子たちに対する他の子供たちの対応が…悪意はないのですが、偏見に満ちているのです。

きっと無意識のうちに…なのですが、発達障がいの子に対する声のかけ方が、明らかに見下しているのです。

そんな中でずっと過ごしているせいか、発達障がいの子供たちはみんな、うつむき気味に過ごしています。

本来ならば、ユニークな個性を持った光溢れる子供たちのはず、なのですが…学校という集団生活を強いられてしまうと、どうしてもハミ出してしまうのです。そして、ハミ出すことで先生に注意され、友達から浮いてしまうのです。

私は、そんな彼らを見ていて…やるせない気持ちになります。もっとのびのびとさせてあげたい!うつむくのではなく、前を向いてほしい!と心から思います。

 

発達障がい児は、純粋な魂の持ち主です。だから今の社会に馴染めないことも多いのです。

でも、周りの人たちが思っている以上に、内面は育っています。何なら、精神年齢は彼らのほうがずっと高かったりもするのです。

彼らが自信を失うことなく、彼らの本領を発揮できる社会。私はそんな社会を夢見ています。

そのために、まずは発達障がい児が「自分らしさ」を取り戻すこと。そのために、今の私にできることは何か…?と考え始めています。

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とことん自分と向き合う 〜人と比べない〜

最近テレビ番組も、新型コロナの影響で新たに撮影ができなくなり、過去の名作の再放送が多くやっていますね。名作ドラマのひとつ「逃げるは恥だが役に立つ」も再放送されていますが、何だかんだで…見ちゃってます。やっぱり面白いですね!

まだドラマは序盤なので、契約結婚をしたばかりの主人公2人はまだまだぎこちない関係です。高学歴、高収入でありながら、その真面目すぎる性格からか?自分の殻にこもりがちな平匡さん…私自身と似たものを感じます。

 

今までは波風立つことなく、穏やかな人生を過ごしてきた平匡さん。思い切って契約結婚をしたことで、ドラマの回が進むごとに、徐々に人間関係の渦に飲み込まれていきます。

先日放送された回では…会社の仲間と、あまり気乗りしないながらもぶどう狩りへ行く羽目になった時、会社の仲間と結婚相手のみくりさんとの会話に全く入れず…平匡さんはものすごい劣等感に苛まれます。

たまらずその場を離れた平匡さん。ひとりで仏閣巡りをして心落ち着けていたら…そこへ心配したみくりさんがやって来て、その後は2人で仏閣巡りを楽しみました。そうして、少しだけ自信を取り戻した平匡さんなのでした。

 

ここからは、私たち家族のおはなしです。

我が家のすぐそばに、下の息子の同級生が住んでいます。その同級生と息子とは全く違うタイプなので、同級生であっても、家が近くても、全く遊びに行ったことはないし、私自身もあまり交流は持っていません。

今日はそんなご近所の同級生宅に、友達がたくさん集まっていました。我が家の2階の窓から、その様子がよく見えました。

息子がどんな気持ちでその様子を見ていたのか?はわかりませんが…私自身は心がざわつきました。仲良く遊んでいる同級生の輪に入れない息子とともに、私自身もドラマの中の平匡さんのように劣等感に苛まれていました。

でも…息子はそこに遊びに行くことを選ばず、遠くから見ることを選んで、実際にその様子を見ていただけ、なのです。同級生は同級生、息子は息子、それぞれがやりたいように過ごしていただけで、そこに優劣はないのです。

私自身も、子供の頃は近所の友達と遊んでいてもあまり楽しくはなかったです。今思えば、遊んでいる友達に常に気を遣っていたような気がしますし、家でひとりお気に入りのテレビを見ていた方がよほど気楽に過ごせたように思います。

 

友達が多い人が上で、友達が少ない人が下。

元気のある人気者が上で、おとなしくて目立たない人が下。

学校で集団生活を送っていると、どうしても子供たちの間でそんな価値観ができあがってしまいますが…実際にはそこに優劣などないのです。

人と比べるのではなく、自分の過ごしたいように過ごす。自分のやりたいことをやる。ただそれだけでいいのです。

 

私自身も、今日久しぶりに上の娘のお稽古事に顔を出しましたが…帰ってきて、どっと疲れている自分に気づきました。今まであまり自覚はなかったのですが、私にとってめちゃくちゃ気を遣う場所なのかもしれません。

あまり無理をせず、境界線を引くべきところにはそっと引き、自分らしさを取り戻すことの大切さに改めて気づいた…そんな1日でした。

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涼暮月の景色

6月になりました。月が変わると、少しだけ気分も変わりますね。

久しぶりの万華鏡の世界…こんな景色が見えました。

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何とも涼しげな色合い。何度見ても、こんな感じの景色ばかりでした。

一般的には、6月は水無月(みなづき)と呼ばれていますが…別名、涼暮月(すずくれづき)とも言うのだそうですね。

日中は気温が30度近くになる日もあったりしますが、日が暮れてから窓を開けると、涼しい風が吹き抜けていきます。

気持ちも涼やかに、爽やかに…といきたいところですね(^_^)

試練と課題

時代が令和になってから、今まで経験したことのないようなことが立て続けに起きている。過去に例のない規模の台風、頻発する地震、大規模な火事、そして新型コロナウイルス

 

これは私たちに対する試練なのか?

それとも、私たちに与えられた課題なのか?

 

特に現在進行形で起きている新型コロナウイルス。みんなが協力して自粛を続けたことで、ある程度の成果は出たようだが…制限解除をした途端に、またジワリと感染が広がりつつあるようだ。

感染拡大予防と、経済活動と、子供たちの教育と…どうバランスを取っていくのか。どう舵取りをしていくのか。

かつてない状況、誰も正解を知らない状況の中で、ひとりひとりの模索が続いている。

ある人は政治的な立場としての判断を求められ、ある人は医療現場での感染予防の最前線で戦い、ある人は元気のなくなった人たちを勇気づけるために声を上げ…それぞれの立場で、みんなが必死に戦い、日々を生きている。

 

今は確かに、辛いと感じる人も多いかもしれない。当たり前だったことが、こうも簡単に当たり前ではなくなるのだ、と。

でも…違う見方をすれば、今まで不可能だったことが可能になる、とも言えるのではないか。

時代が大きく変わりつつある今、ひとりひとりが何を胸に抱くのか。何を望むのか。

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今回の新型コロナウイルスで、少なくとも明らかになったこと…どんな立場の人間であっても、ウソやゴマかしはもう通用しないこと。権力の傘に守られていた人が、白日の下にさらされていること。

本当に、時代が大きく動いているのだと、実感させられる日々です。