樹安の日々インスピレーション

日々の生活の中での気づきを、徒然なるままに

犬と猫

どう?どう?

街を背に僕は行く  今じゃワイワイできないんだ

奴落とす  もう、さぁ行こう、探そうぜ奴ら、ねぇ

もうだって  狭いもんなぁ

 

同情で群れなして  非で通す(ありゃマズいよなぁ)

難解なその語彙に  奴ら宿る…んで、どう?

 

僕として僕は行く  僕ら問題ないんだろうな?

奴は言う  こう、ていのう、もう結構!

奴ら住む場所へ行く  全て解決させたいんだ

僕は僕  もう最高潮!  落とせあんなもんはねぇ

インチキばっかのさ

 

調教で得た知恵で  世を焼く(僕マズいかなぁ)

状況が裂いた部屋に  僕は眠る…みんな、どう?

 

のんびりと僕は行く  痛みの雨ん中で

痛みなんてどう?最近どう?あ、そう…

皆嫌う荒野を行く  ブルースに殺されちゃうんだ

流行りもねぇ、もう、伝統、ノー!

んで、行こう!ほら、ボス落とせ!

そう、みんな、そう…同じようなもんかねぇ

犬や猫のようにね

(犬と猫/中村一義

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私が敬愛するアーティスト、中村一義さんの世界を紹介するシリーズ。まだ中村一義さんがデビュー間もない頃の、まだ若さを感じつつも、純粋な思いを綴った曲たちを紹介します。

今回の「犬と猫」で歌っているのは、ズバリ反抗心!若い時に、誰でも一度は通る道…ですよね。

成長とともに自我が芽生えて、世の中何かがおかしい…と感じ始める時期。私自身で言うと、実は反抗期というのはなかったんです。その理由は…当時の私が抵抗できないほどの、毒親支配下にあったからです。

でも、社会に出ていろいろと経験していくうちに、いろいろとおかしいことがあるのでは?と気づき始めて…そんな時期によく、この曲を聴いていました。

 

また、自分はこう思う!という気持ちが、たとえまわりのみんなと違っていても、自分は自分。無理してまわりに合わせることなく、自分の道を進めばいい…この歌には、そんなメッセージも込められています。

時には孤独を伴うかもしれないけれど…私は私の道を行く。そうするために、私はこの世に生まれてきたのです。

 

私はこの「犬と猫」で、中村一義さんというアーティストを初めて知りました。最初にCDショップの視聴コーナーで聴いた時の衝撃は、今でも覚えています。

歌詞とともに、曲調もとっても斬新!これぞ中村一義!という独創的な一曲です。

ここにいる

 

小さな灯り消して  真っ暗にしてみる

するとわかるよ  僕は今ここにいる

小さな灯り消すと  みんな何見える?

遠い先の自分がほら  今日に手を振る…振る?

 

まだ大きな無限大が  みんなを待ってる

闇を抜けるとそこは  優雅な今日だ

ただの平々凡々な  日々に埋まる

宝を探す僕が  今ここにいる

 

どうだっていいや  カッコとかそんなのは

僕はただ  変わるここで暮らすんだ

 

小さな自慢消して  みんな何見える?

巨大な4本の矢を背に  僕は真実を知る…知る?

 

まだ大きな無限大が  みんなを知ってる

トンネルを抜けると今日は  解放記念日

ただの平々坦々な  生活に潜む

敵を越え行くみんなが  今そこにいる

 

見えないし  行けない

けど僕ら  今ここにいる

ほら  ここにいる

(ここにいる/中村一義

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私が敬愛するアーティスト、中村一義さんの世界を紹介するシリーズ。一旦おしまい、にしようかと思っていましたが…やっぱり、もう少しだけ続けますね。

 

まだ中村一義さんがデビュー間もない頃の、まだ若さを感じつつも、純粋な思いを綴った曲たち。今回の「ここにいる」は、誰でも一度は考えるであろう、自分の存在する意味について歌っています。

私自身も含めて、自己肯定・自己受容ができない人の何と多いことか。自分を責めるあまりに閉じこもってしまったり、逆に攻撃的になってしまったり、自分を大きく見せようとして自慢してみたり…でもどんな自分であっても、いつも変わらず「ここ」にいる。そのことに変わりはないのです。

 

また、自分が生きていく上で支えになるものについて…中村さんは「巨大な4本の矢」と表現していますが、中村さんにとって尊敬できる4人の人物を指しているのだそうです。

私にとって、生きていく上で支えになるもの…何でしょうね。今まで経験してきたことの全てが、自分の中に積み重なっていること。ひとつひとつ乗り越えてきたことが、自分の中で自信につながっていること…ですかね。

自分が乗り越えてきた全てを背に…私は今、ここにいます。

光と闇

今日は午前中風が強かったものの、午後には風も収まり…陽射しが眩しいくらいの、ポカポカお出かけ日和でした。

なので、我が家お得意の里山ドライブに出かけました。今日は少しだけ、山歩きもしました。

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新緑の若葉が太陽に照らされて、キラキラしていました。

 

今日はとにかく、太陽が眩しかった!そんな時に撮った写真、光と影のコントラストがくっきりとしたものが多く残りました。

撮った写真を見ながら頭に浮かんだ、こんなこと…

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明るいところから暗いところへ行くのは、ちょっと怖い…実際に娘は怖がっていました。

でも…

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近づいてみると、案外大丈夫かもしれない…

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闇の中は案外落ち着いていて、居心地がよかったり。

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でも、闇を照らす光の神々しいこと。

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そして、闇から見上げた光の眩しいこと!

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もうすぐ、明るい場所に出るよ…

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目印の木が見えてきた!

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ただいま!戻ってきたよ!

 

とまあ、たまにはこんな創作話もどうですかね?

私が思ったのは、明るいところから見る闇の深いこと。そして、暗いところから見る光の眩しいこと。

光と闇は、どちらも欠かせないもの、なんですね。

 

これは、私たち自身にもいえること。ひとりひとりの中に、光もあれば闇もある。

そのことをわかっていれば、自分の光の部分も、闇の部分も、自分の一部として受け入れられるような…もっと言うと、自分そのものを受け入れられるような…気がします。

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ちなみに…桜の蕾がだいぶ膨らんでいました。来週末あたりが見頃かな?

プチ贅沢のすすめ

先日、職場の同僚がこんな話をしていました。

彼女は髪質が硬めで、ゴワゴワしていることを悩んでいます。そこで、髪の湿度と潤いを保ってくれる、ちょっとお値段高めのドライヤーを買おうかどうか?で迷っているのだそうです。

そこで、私の持論…日々使う日用品を、安いものでちょっと我慢しながら使うのと、値段が高くても満足しながら使うのとでは、自分が思う以上に自分に大きく影響すると思います。ドライヤータイムをウキウキと過ごすことで、また髪のコンディションがいい状態で過ごすことで、その日1日の気分がグンと良くなって、気持ちよく過ごせるのです。なるほどねー、と、その同僚も納得していました。

 

私たちは、どちらかというと節約傾向にあると思いますが…日々使うものこそ、ちょっとだけいいものを買って、プチ贅沢をして、心豊かに過ごした方がいいと思うのです。

私自身のプチ贅沢は、普段使う調味料。特に…お味噌!ほぼ毎日作るお味噌汁、やや値段が高くても美味しいお味噌を使うと、やっぱり美味しいお味噌汁になります。一口飲むと、しみじみと心からホッとできます。

あとはお砂糖。健康面から、我が家では白砂糖ではなく「てんさい糖」を使っています。これもお値段は高いです。白砂糖に比べると甘さ控えめで、色も茶色く、卵焼きを作っても鮮やかな黄色にはなりません…でも慣れてくると、この自然な甘さが美味しいのです。逆に、白砂糖を使った卵焼きや肉じゃがなど、今は甘ったるく感じるようになりました。

 

何にお金をかけるのか?は、人それぞれでいいと思います。私の場合は、お洋服や化粧品には全くお金を使わないし、あまり飲み歩いたりしないので交際費もほとんど使いません。

その代わりに、自分が自分でいるための、お守りのようにつけるアクセサリーにはお金を使っています。もともと天然石が好きなのもありますが、これだ!という石を身につけることで、いつもの自分でいられるような気がするのです。たとえ気休めであったとしても、私には大切なアイテムです。

今までいろいろな石に触れてきて、今はオンとオフで何となくこれ!というものが決まっています。仕事の時には水晶のブレスレット、オフの時にはラリマーの指輪とプルーオパールのブレスレットをつけています。

このラリマーという石、私にとっては欠かせない石なのですが、実はものすごく値段が高いのです。それでも私には必要なもの、だからお金をかけています。値段の高さを知っている人が、私の指輪をすごい目で見てくることもありますが…最近はそんな目もあまり気にならなくなりました。

 

最初に出てきた職場の同僚、例の高級ドライヤーを買ったのかどうか?聞いてみたら…結局、買わなかったのだそうです。

その代わりに、旦那さんが丁寧に髪を乾かしてくれるようになって、多少のゴワつきは解消されたのだそう…何より、夫婦のスキンシップになってよかったです!とのこと…あらあら、ごちそうさまです(^_^)

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Welcome to this Crazy Time

 

さあ、ふざけた時代へようこそ!

 

え、こんな時代に生まれたくなかったって?

 

地震がいやだって?

台風がいやだって?

新型ウイルスがいやだって?

みーんな、もう全部いやだって?

 

学校がずっと休みで飽きちゃったって?

お客さんが来なくて店が潰れちゃうって?

就職決まったのに内定取り消されちゃったって?

もう何が何だか訳わからないって?

 

コンサートは中止だし

センバツ高校野球も中止だし

相撲や競馬は無観客だし

オリンピックだってどうなるかわからないし

 

NYダウも

日経平均株価

連日の大暴落

 

世界各国で相次ぐ

緊急事態宣言と

国境の封鎖

 

モノを奪い合う人たち

人種差別をする人たち

身勝手な行動で感染リスクを広げる人たち・・・

・・・・・・・?

 

さあ、このふざけた時代を

どう生きようか?

 

いっそのこと

この荒れ狂う波に

身を投げ出そうか?

 

それとも

必死こいて抵抗して

荒波に飲み込まれるか?

・・・・・?

 

理想的なのは

この荒れ狂う時代の波を

自分というサーフボードに乗って

しなやかに乗りこなすこと

 

変に力まず自然体で

うまくコツをつかんで

ネガティブになり過ぎず

ポジティブにもなり過ぎず

 

事実を受け止めながらも

決して投げやりにならずに

与えられた人生を

全うすること…

 

このふざけた時代に生まれてきたことにも

きっと理由があり、意味がある

 

ならばいっそのこと

このふざけた時代を

めいっぱい生きてやろうじゃないか

 

さあ…ふざけた時代へようこそ!

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ゲルニカ 〜 グレゴリオ

 

真っ白と黒のゲルニカに  たくさん色を塗れたら  目の前に

真っ白と黒のゲルニカに  たくさん色を見たいから

 

あの人は今  捨てられた犬を焼いてる

誰であれ独裁者になれる  その片隅で

 

真っ白と黒のゲルニカに  たくさん色を塗れたら  目の前に

真っ白と黒のゲルニカに  たくさん色を見たいから

 

新世紀だろうがさ  根本は何も変わりゃしない

見てみなよ独裁者が叫ぶ  革命はエゴさ

 

真っ白と黒のゲルニカに  たくさん色を塗れたら  目の前に

真っ白と黒のゲルニカに  たくさん色を見たいから

 

目逸らさずに見てほしい  本当にあることから  目の前に

何枚ゲルニカのレプリカを  描いては焼いたのさ?

 

死んだふり…ふり…(なら、死ねよ)

ゲルニカ中村一義

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この目に  その目に

この手や  その手に

そうだ  すべてはある

グレゴリオ中村一義

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私が敬愛するアーティスト、中村一義さんの世界を紹介するシリーズ。

今回は、どっぷりと深い闇の歌、ゲルニカです。

 

ゲルニカ…もともとはピカソの絵画のひとつです。ヒトラーの独裁により迫害され、大量に虐殺されたスペインのゲルニカ村の人たち。怒りを覚えたピカソは、ゲルニカというタイトルの白黒の絵を描いたのです。

中村一義さんのゲルニカも、絶望感漂う曲調と、衝撃的な歌詞。いつの時代も変わらない、一部の独裁者に牛耳られている社会。今回の新型コロナウイルスの対応でも、一部の首脳による独裁によって、人々の生活に、もっと言うと命にまで影響が出てしまっています。

でも昔と違うのは、ネット社会によって民意が反映されやすくなっていること。ひとりひとりが声を上げることに対して、以前よりもかなりハードルが低くなっていると思います。

 

この「ゲルニカ」が含まれている中村さんのアルバム「ERA」…ゲルニカのすぐ後に、1分足らずの短い歌「グレゴリオ」が収録されています。短いながらも、中村さんの魂の叫びを聴くことができます。

私はこのグレゴリオゲルニカの直後に来ることで、独裁者による絶望の日々であっても、全てはこの目の中に、この手の中にある…そんな風に前向きに思うこともできます。そういう意味では、グレゴリオゲルニカに対するアンサーソングだと思います。

この世界は、ひとりひとりの目の前に広がっているし、この世界は、ひとりひとりの持つこの手の中にある。そのことに気づくだけで、この世界は見違える…私はこのグレゴリオで、そのことに気づきました。

中村一義さんの数ある歌の中で、実はこの短いグレゴリオという歌がいちばんのお気に入りだったりするのです。

 

何十年も前に世に出たこの「ERA」というアルバム、本当に名盤です。今までここに紹介した「君ノ声」「ゲルニカ」「グレゴリオ」「威風堂々」「虹の戦士」が収録されています。他にも名曲揃いです。今のような混沌の時代に聴くと、本当に心に響きわたります。

中村一義さんの世界、クセが強いので好き嫌いがはっきり分かれると思いますが、よければ探してみてください。もしどっぷりとハマってしまっても、責任は持ちませんよ…。

威風堂々

 

知ったようなこと言うな  重度の疲れを混ぜて

陽の光浴びんだ    眩しけりゃ手かざし

泣いてられる隙もない頃の僕とね

今この黒い世紀の橋を威風堂々と渡るよ

 

言い逃ればっかすんな  銃声みたいな言葉でね

そんな言葉  自分を撃ち抜いて終わりさ

泣いてられる隙もないほどの君とね

今この白い世紀のドアを起死回生で開けるよ

 

何でか  遠い今日へ歌うんだ

そう  遠い日を知らずに

音よ  遠い今日へ響くんだ

ねぇ遠い君よ  この声聞こえるかい?

 

合わせてばっかいんな  いっつも息を殺して

1人でも行くんだ  あんたに言ってんだ

僕らがさぁ  雨にも負けて風にも負ける

けど晴れた日には  進める生き物ならば

 

そう、ねぇ、新しい地へ

そう、ねぇ、歩けるから

(威風堂々(part2)/中村一義

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私が敬愛するアーティスト、中村一義さん。

彼が紡ぎ出す歌の数々。そこにあるのは光と闇。

今回は闇を感じるけれども、そこにある未来への希望、自らの手で進んでいく強い意志を感じる歌を選びました。

 

今という一点のみを切り取ってしまうと、辛くてもう死んでしまいたい…と思いつめてしまうかもしれないけれど、

それは長い長い時の流れの中での、ごくごく僅かな一点でしかなく…遠い自分から見れば、実は何てことないのかもしれない。

 

今の先には、必ず未来がある。

自分にとって明るい未来か?そうでないのか?はわからないけれど、未来に向けてまずは「今」を積み重ねていくこと。

まずはそこから、ですかね。